エベレスト登頂成功
2025-07-15 15:46:58

久留米市民初のエベレスト登頂成功を報告した中園医師の挑戦

久留米市民初のエベレスト登頂、その背景と思い



2025年5月14日、久留米市出身の中園秀樹医師が、世界最高峰エベレスト(標高8848m)に登頂し、久留米市民として初めてこの偉業を成し遂げました。7月10日、彼は久留米市役所を訪れ、橋本政孝副市長に報告を行いました。この訪問では、彼の挑戦の背景やエベレスト登頂までの道のりを語ってくれました。

初めの一歩


中園医師は1978年に久留米市で生まれましたが、その後父親の仕事の関係で札幌に移りました。彼は2000年に久留米大学医学部に入学し、再び久留米での生活を始めました。久留米大学ではワンダーフォーゲル部に入部し、そこでのトレーニングが彼の登山への道を開くこととなりました。彼は北アルプスで下積みを重ね、その後耳鼻咽喉科の医師としても活動をしていました。

エベレスト挑戦の経緯


長年にわたる医師の仕事の傍ら、中園医師はエベレスト登頂を目指していましたが、ある日退職を考えたところ、会社から休職の提案を受け、登山に挑む体制が整いました。2025年3月にネパールに出発し、彼は徐々に高度を上げながらベースキャンプへ到達します。誕生日の4月20日には、仲間に祝われながらその地で特別な日を迎えました。

彼は危険な雪崩やクレバスの存在に気を配りながら、夜中にヘッドライトをつけてキャンプ1への道を進みました。キャンプ3以降は酸素ボンベが必要となり、彼は24時間酸素ボンベを装着しての生活を強いられました。

登頂の瞬間とその後


5月14日の朝6時55分、ついに山頂に到達。中園医師はその場所に立った瞬間の感動を「无我夢中だった」と言っています。山頂付近では、空前の美しさの一方で、死が常に隣り合わせである「デスゾーン」の恐怖も感じていました。また、下山中に指が凍傷になり、ヘリで緊急搬送されるハプニングも。現在は母校久留米大学病院で治療中です。

立ち会った橋本副市長は、「登りきる過程で数々の苦難を乗り越え、達成されたことに感動を覚えます。この経験をぜひ地元の子どもたちに伝えていってほしい」と労いの言葉を贈りました。

講演を通じたメッセージ


中園医師は、この挑戦の経験をもとに、久留米の子どもたちに「挑戦することの大切さ」を伝えたいと考えています。彼のメッセージには、特別な体力や才能は必要ないという姿勢があります。「普段の生活の中でできる小さな努力が、道を開く」と語り、挑戦のハードルを下げることの重要性を強調しました。

TCBのサポートと今後の展望


彼のエベレスト登頂は、所属するTCB東京中央美容外科のサポートのもとで成功しました。中園医師は「TCBの応援があったからこそ、果敢に挑むことができた」と感謝の意を示しています。今後は、サハラ砂漠マラソンを完走し、家族と一緒に世界一周の夢を追う考えを明かしています。自分の体験をもとに「誰でも頑張れば夢を追える」と語る中園医師の姿勢は、地域社会にも大きな感動を与えています。

まとめ


今回のエベレスト登頂は、中園医師が久留米市を代表して果たした偉業であり、これからもその言葉や経験が多くの子どもたち、若者たちの勇気となることでしょう。


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